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怒りの感情を手放すこと

人が怒っている姿は客観的に見れる。
でも自分が怒っている姿は、主観的になりすぎて見えなくなってしまう。


人が何かに対して、
もしくは人に対して怒る時。

それは自分が予期していたようにならなかったときや
自分の権利が侵されたとき。
自分の思い通りにならなかったとき、
都合が悪くなってしまった時。

つまり、予想に反して、欲求に反して自分が不利益を被った時だ。




パートで働く知り合いは、ちょっと働き方をごまかしていた。
それがばれて、正常に戻ったのだけど、

「今までそれでやってきたのにどうしてだめなの?
時間の面で制約が出てくるのなら、時給をあげるなりして
今まで通りの収入になるようにして欲しい・・・」等々

はたから聞いていると、
「なんて自分勝手な・・・・」
って感じのことを並べだす。


今までが違法だったにも関らず、運良く特別扱いしてもらっていただけで、
正常に戻っただけなのに、気持ちがそれを受け入れられないのだ。

そう、彼女にとってはこれは自分の思い通りにならない状態、
お金が必要なのに手に入れられない不利益を被ってしまった状態。

客観的見ると、彼女の言動は理不尽だ。
でも当の本人にしてみると権利を侵され、自分の言い分は正しいと思っているのだろう。



こんなふうに日々の生活の中で、他人の怒りの姿を見ていて、
自分が離婚に対して、元旦那に対して怒っている姿も
中身は実は同じなんじゃないだろうか・・・・と思うことがある。

離婚によって自分が思い描いていた幸せな結婚生活を壊されたという期待感への裏切り、
妻という立場を権利を侵されたという苛立ち、
子供を一人で育て上げなくてはいけないため、
経済的・精神的に苦労を強いられるという不利益感。

これらが私を怒りという負の感情に陥れているのだろう。

そう決めているのも私の心だということを忘れてはいけない。

確実なこと、絶対的なことなんて世の中にはない。
世の中は思い通りにならない。
自分の常識は世界の常識ではない。

そう思うことで怒りの感情がさあーーーと引いてくる。


怒りという負の感情は、

期待に失望し、
予想が外れて思い通りにならず、
権利ばかりの主張、
都合の悪い不利益感

など、つまるところ
「自分の欲求に反して思い通りにいかない。」
というエゴから生まれてくるものなのだ。


そもそも人生は自分の思い通りにいかない。

そう思うだけで、自分に降りかかる怒りの回数は減らすことができるのではないだろうか?

それに思い通りにいかないということは
それだけ人生が人間の予想や想像をこえた未知数の領域で、アドベンチャーということでもあるのだから。

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先輩の再婚にびっくり!

あたしと同時期頃に離婚した学生時代の先輩。
なんと半年後に再婚するのだとか!!!

子供がいない先輩なので、
年齢的に考えて、子供を産むなら早めに再婚したいと思ったのかな?
結婚相談所に登録し、たった5回のデートで決めたんだとか・・・・。

結婚ってそんな簡単に決めちゃっていいの?!
経験者ならもう少し熟慮して欲しかったけれど、
本当に幸せになれると確信したのなら頑張って欲しい。

結婚相談所って本当に結婚相手が見つかるんだね。
ちょっとびっくり。
そして離婚して間もないのに婚活をバンバンしていた先輩にも驚いた。
非常に前向きだ。。。。。


でも子供がいないからこそできたことだよね。

子供がいたら自分との相性だけでは決められないし、
「なさぬ仲」はハードルが高いからね!
あたしには無理だ。
再婚組みも結構いる昨今、
その前向きさに頭が下がる。

でもあたしには無理だ。
結婚はもうこりごり。

経済的なことがカバーできれば、
正直生活に不満はないので、
それを再婚でカバーするつもりもなく、
自力で立て直して行きたい。

今の努力目標はそこにあり!

小学生全国模試と中学受験

6/5、某塾の全国模試があった。
わが家、初模試体験。
対策も何にもしてない。
どんな感じなのか、M男がどのあたりの位置に現在いるのか、
その程度の目的の受験だった。

テスト終了後、案の定
「難しかったよ~。時間もなかったよう~~。」とM男。

M男が受験中、あたしは別室で保護者説明会を聞いた。
主に中学受験の話だった。
真剣に中学受験をするのなら、
遅くても小4から塾通いをするのが通例だということは知っていた。

でもね、本当にそうなのかな?って思う。
塾側の意図も感じるので、
そういう「xxxxが一般的」とか「xxxxxが通例」ていう
商業的情報は信用していない。

ただ、実際の受験問題を見せられた時は、
「普通の勉強だけではこりゃ無理だ!」と
そのレベルの高さに舌を巻いた。



なぜ、中学受験なのか?
家庭の考え、本人の意思、環境等々色んな理由があるだろうけど、
あたしんちは・・・・・

近くの公立中学が荒れているから!!

が一番の理由だ。
そうでなければ、近くの公立中学がいい!

二度度ない中学学生生活を、
安定した落ち着いたところで送って欲しい。
勉強だけでなく、部活や良好な交友関係を築き、
好きな合唱も思いっきり満喫して欲しい。
どちらかというと勉強は二の次という考え方で、
学生生活の謳歌が優先事項なのだ。
あたしんちみたいなところは、
中堅私立中学あたりがベストなのかな・・・・って思うけど、
金銭的に厳しいし。

中学受験って向き不向きもある気がするので、
自分の子が性格的にいけるのか!
そこも迷うところだ。
「思い切って引っ越そうか・・・・」なんてことも考えていて、
本当に頭がぐるぐるぐるぐる・・・・・混乱中。

どうしてあげるのが本人にとっても、
あたしにとってもいいのかな・・・・。


お手伝いと自立

M男が一人でカレーとシチューと肉じゃがを作れるようになった。
あとは。。。。卵料理もできる!

材料を自分で出し、洗って、皮をむいて
切って、炒めて、煮込んで、味付けするところまで
つまり全く手を貸さずとも一人で作れるようになった!!!

母が倒れちゃった時、
一人でも身の回りのことができるように・・・・と常々そう思って、
ありとあらゆることをしつけている。

その中でも料理は一番の難関だと思う。
これは経験という回数を重ねて、感覚をつかんでいくしかなく、
そう簡単に身に付くものではないので、
こうやって少しずつレパートリーを増やしていって欲しいと思う。

M男は他にも色々家事ができるようになった。
ゴミ出し、お風呂洗い、トイレ掃除、玄関掃除、
洗濯物をたたむ、掃除機がけ、
買い物(お使い程度)、皿洗い、靴洗い。

身の回りのことが一人でできるということは
基本的な自立の第一歩で、
子どもの頃からのしつけで、
大事なことだとあたしは考えているので、特に力を入れている。

・・・・と
このことを養母に話すと、
「前から思ってたんだけど、
あんたって本当に死んだお母さんにそっくりだね。
今あんたがM男にやらせてるように、
あんたのお母さんもあんたに厳しくそうやってしつけてたよ!
やってることも、言い方なんかも生き写しみたいで気持ち悪いわ(笑)」とのこと。

実は、あたしは母にそうさせられてた(?)という、このことをよく覚えていなくて、
M男にやらせていることは自分では無意識だったので、
自分でも気持ち悪くなった。

家庭環境って潜在的に子どもの中に刷り込まれているんだな・・・と
ちょっと怖くなった。


でもお手伝いとか、自分のことは自分でするって
大事じゃな~~~い??

英検撃沈と9歳の壁

M男が久しぶりに英検を受けた。
2年生の時に受け、それ以来なので、
2年ぶりかな?

受験級は準2級。
3度目の受験になった。

筆記&リスニングの結果は、
自己採点で合格点に満たず。

でも多分不合格A判定ってやつでしょう。

2年生での英検受験を最後に、
家庭内が離婚でゴタゴタしていたので、
家庭学習の一切をやめてしまった。
何よりあたし自身に余裕がなかった。

やっと家庭学習や英語を始めたのは、
今年に入ってから。
半年での再受験は少し早い気もしたけど、
M男本人が「頑張りたい!」と言ったので、
再チャレンジした。

ブランクがあったので、
正直大分レベルが落ちたのでは・・・と思ったけど、
3級レベルの問題はほぼ、満点をキープ。
でも準2級は、そう簡単ではなかった。

3級から準2級は、壁があると感じる。
抽象的が語彙が急に増えるし、
文章も大人っぽいっていうか、
婉曲表現がでてきて、直接的表現ではないので、
子供には理解しにくいらしい。

3級と準2級のボーダーって、いわゆる「9歳の壁」的な感じ。
具体的な生活レベルの言語環境から、
抽象的な概念や学習言語レベルの語彙を使用しながらの言語環境に移行するテスト、
みたいな・・・・。

それとM男と家庭学習を再開して感じたことは、
M男は今この9歳の壁にぶち当たっている気がする。
抽象的概念を理解し、論理的思考をすることができず、
あいまいな状態に置かれているようだ。

どうしたら9歳の壁を乗越えられるのか・・・・。

文字から内容をイメージし、推測し、思考するのだから、
文字情報の処理ができるかどうか・・・なのかな。
それには慣れも必要だし、やっぱり、読書量に比例すると考えられる。

そして、それをまとめて口に出せる会話力。

頭の痛い悩みなのだが、
M男は読書を好まない。
最近ではその姿を見たことがない。
2年生までは毎晩読み聞かせをしていたのだけど、
読み聞かせもストップしてしまった。

「読書、苦手~♪(笑)」の一言で終わり。

色んな手を使ってみたけど、
やっぱり読まない。

そんな子にどうやって読ませることができるのか。
どうやって読書の楽しみを教えることができるのか。

読書をするかどうかで、彼の今後の思考力が決まってしまう気がするのだ。

英検の勉強をするにあって、
抽象的な概念を表す言葉を覚えることが、M男はほぼできなかった。
何度音読しても書いても、本人の頭に入ってくることはなかったそうだ。
(・・・とM男があたしに言った)
それと聞き捨てならなかったのが、

「文字から物事のイメージがしにくい」と言ったこと。

まさしく9歳の壁だ。


ただ、もう一つ気になったのが、
読書(文字を読むこと)を好まないM男だが、
だからダメなのか?!というと
(勿論、人並みには読んで欲しい)
文字を読むこととはまた違うものも感じた。

彼は視覚的なものを非常に好む傾向があるということだった。
学校の読書タイム(強制)でどんな本を読んでいるのかと聞いてみると、
なんと!3年生の一年間は、「ミッケ」だったという!
(実物の写真の中に、変わったもの、面白いものを見つける絵本)


「今は何を読んでるのか?」と聞くと、
「地図帳」という。


そういえばいつも親子で行く図書館では、借りる本は絵本や図鑑が多かったな・・・・と感じる。
それに絵を描くのがとても好きで、
今でも家でちまちま絵を描く姿をよく見かけるのだ。

彼は文字情報からイメージすることは苦手なのかもしれないけれど、
視覚的なものからの想像したり、思考したりすることは、人一倍敏感なのかもしれない。
(といっても彼はごく普通の子で、特別な芸術的センスがあるというわけではない)


人並みに文字を読んで、学習につなげて欲しいと思う母と、
ビジュアルから感じるものを表現する直感型息子と、
子育てとはなかなか思う通りにはいかないなあと思うこの頃だ。

英語も勉強系の学習も、
あたし、母が描く方向性を変えていかなくてはいけない転換期にきているのかなあとも感じる。

「お金がない」

こんなことで腹を立てている自分を
やっぱりバカで「小さいな・・・」と思うんだけど、
人間だからこんな小さな事に腹を立てたりもするんだなあ。



「お金がない」



よく耳にする言葉だ。
お金持ちの人だって時に「お金がない」っていう。

謙遜?
本当にないの?


ちがう、ちがう!!


「お金がない」の「無い」の意味がそもそも違うんだ。



旦那さんは大手企業のサラリーマン管理職。
奥さんは、扶養範囲内で働くパートさん。
子供二人(公立中&高生)

お金がかかる時期なのかもしれないけど、
いつも口癖のように「お金が無い」「お金がいくらあっても足りない」っていう。

でもそのお宅、
持ち家だし、車も持っているし、
子供二人は幼少期から習い事をかけもちでバンバンしていて、
小学生からずっと塾通い。
(恵まれた裕福な中流家庭って感じだ)

大学進学に当たって、貸与型の奨学金を申請中だとかで、
無利子で借りられる方をねらっているとか。
「ご両親が健在で、なおかつ世帯収入もある程度の額なら、
無利子タイプは難しいんじゃない?」って話したら、
「でも、うち家計が厳しいし・・・・なんとか無利子タイプにひっかかってくれないかな」と。

そんなに厳しいなら、もってる財産を処分して教育費を作ればいいじゃない!
習い事や塾を整理して貯めればいいのに・・・。
ってなんだかイライラした。
(震災で被害を受けた人なんて、そもそも学校に行けない子だっているし、
職や家を失って、本当に経済的に困っている人がいっぱいいるのに、
不謹慎だな・・・とも思ったの。)

もっているものはいっぱいある。
要は「欲を手放せない」でいるんだ。
これでもか!これでもか!って。
彼女の「お金がない」は本当の意味での「お金がない」ではない。
最低限度の生活もままならない逼迫さではないのだ。
贅沢部分の金銭であり、欲深さを満足させるための金銭がないなのだ。

欲に付き合っていたら、自分がどんなに持っていたって
「お金が無い」のフレーズしか出てこないんだろうな。

本当に生活に困窮している人は、
「お金がない」のそのフレーズすらもう出てこないよ。

家なし、車なし、習い事かろうじて1個。
月に15万円程度で生活しているあたしんちみたいな母子家庭の
「もう少しあったらなあ・・・・」とは根本的に違う。

「ふーーーーん」って聞き流してみてものの、
ムカッと湧き上がってくるものは抑えられなかった。

ただ、最近はこういうことでムカッとしながらも、
狭いありきたりの中流家庭の価値観で生き、
「お金がないのよ~。」って言っている人が気の毒にも思えるようになった。

そもそも、そういう価値観こそが、もう古いし、
壊れてきている気がするんだよね。

お金がないっていうことは、もうあたりまえのこととして考えていったほうがよくて、
そのないところからいかに工夫して生活を楽しく作り出していくか
なんじゃないかと思う。

人より物質的な何かをもつことや
ステータス、学歴なんかのパッケージを気にするんじゃなくて
特別なことを期待するんじゃなくて、
あたりまえのことをあたりまえにする生活
そこに生きる意味があるんだと思う。

健康で最低限に生きること。
それ以外に起こる全ては人生のスパイスなんだよ。
あったらピリリとして少し刺激的。
でもなかったらなかったで、まったりしていて、それもまた良し!

スパイスはホドホドにしないと、
スパイスまみれの辛い人生になっちゃうよ!


こんなことは面と向かって人に言えることでは無いので、
こっそりと愚痴ブログへ・・・・
お許しを。

うつ病3年目突入

元旦那との修羅場をきっかけに、うつ病を発症した。
かれこれ2年が経ち、3年目突入となった。

簡単に治るものではなく、
何年も抱え込んでいる人がいるとは聞いていたけど、
例外なく自分もそうなってみて、
あらためてうつ病を怖さを知った。


2年が経ち、
うつと躁(そう)と平常の繰り返しのサイクルが
さずがに自分でもわかってきた。
感情に波があるのが自分でもわかる。

はじめは分けが分からず、
「うつ病が治った!」と勘違いしたこともあった。
ところがしばらく(2~3ヶ月)たつと、
むくむくと負のスパイラルに陥って薬の御用になり、
「どうして?」「どうして?」と泣き叫ぶ日々。

今もどうやら鬱のサイクルに入ったようだ。

「どうして自分はこんなにダメな人間なんだろう」と
自分を責め、泣いてばかりだ。

自分が何一つできないダメ人間のような気がするのだ。
生きる気力が無くなってしまう。
全てを捨てたくなってしまう。
悲しいけど、愛する息子ですら・・・・



「今は病気が心を蝕んで
そんな状態かもしれないけど、
子供を産んで、育てたことは、
絶対に自分の人生の宝だと思えるときが必ず来るから、
息子すら捨てたいという感情をもつ自分を責めないこと。
それは本当の感情じゃないんだから。
大丈夫。できるから。まだまだ生きていけるよ。」


母にそう諭された。

涙がでた。
今日は号泣した。

ありがとう、お母さん。





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Author:qualitytime
英語大好き☆子育て幸せ☆な家庭だったはずが、旦那のギャンブルでの借金や社内不倫が発覚し、別居(突然の家出と住所不明)、離婚調停をへて離婚しました。シングルマザーとして頑張っています。母として息子を立派に育てていきます!

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